”やりたいこと”をやることができた人生だったか…

昨晩、東京は大雪でした。

 

夜の11時に職場を出るころには、30センチの積雪でした。

 

タイヤの跡を沿うように、雪の中をヨチヨチと、普段の2倍ぐらいの時間をかけて帰りました。

 

”絶対に転ばないぞ”と注意深く歩いたのですが、5分ほど歩いたところで、大の字のまま正面に転んでしまいました。

 

スキーのボーゲンのようなスタイルで歩いていたのですが、全然ブーツのエッジが効かず…。(涙)

 

でも、痛くないんですよね、雪の上で転んでも。雪があまりに柔らかくて。

 

雪あかりも美しかったし…楽しい帰り道でした。

 

 

 

ところで、職場と家の中間あたりにコンビニさんがあります。

 

ほぼ毎晩、暖をとりに、寄り道をさせていただいています。

 

郊外型のコンビニさんで、お店の前に大きな駐車場があります。

 

駐車場の雪を踏みしめながら、懲りずに大雪の今夜もコンビニさんへ。

 

このお店の何がいいかというと、雑誌にカバーがかかっていないんです。

 

すいません、つまり立ち読みができるということで、もちろん、食料その他は購入させていただくのですが、雑誌代はかなり節約…これ以上は言ってはいけないかも。

 

 

 

昨日、雑誌ラックの前を通りかかると、週刊現代の真屋順子さんの記事が目につきました。最近週刊誌の特集は、老後、健康、年金などの話題が多いのですが、

 

真屋さんは、「欽ちゃんのどこまでやるの」という番組のお母さん役で、人気のあった女優さんです。17年間の壮絶な闘病生活を経て亡くなられたのだとか…。

 

脳梗塞で5回倒れられて、その度にリハビリをして、まじめに頑張ってなくなられたようです。

 

真屋さんの記事の前後には、80代の著名人の方々の老後生活の記事がのっていました。

 

 

 

その中で気になったのが、矢崎泰久さんの記事。

 

矢崎さんは、ミニコミ誌の草分けの「話の特集」の名物編集長。

 

その矢崎さんが、2011年に亡くなられた中村とうようさんのことを、見事な死にざまだったとお話しされていました。

 

「やりたいことをとことんやって、79歳で体がついていかなくなったとおもったら、地面を汚さなくていい雨の日を選んで、前もってそのために用意した、死ぬのに十分な高さのあるマンションの8階の部屋から飛び降りて死んだ」のだそうです。

 

話がこうなると、ちょっと簡単には書き進められない深い問題になるので、その話はここまでとして・・・

 

私にとっての、音楽評論家の中村とうようさんというのは、高校生の時、バンドをやっている男の子たちの神様だった人として、名前だけは知っている…という感じでしょうか。

 

中村とうようさんのことを簡単に調べて(本気で調べたら、たぶんきりがない)、やっぱり、矢崎泰久さんのことも調べようとググってみたら、これがまたかなり面白い人なんですね。

 

徹底して自由に生きるために努力するみたいな人で、80才を境に、家族を気にせずやりたいことをやるために卒婚、都心にワンルームマンションを借りて活動を開始されました。

 

その辺の経緯はこちら↓

 

矢崎さんの介護ポストセブンの連載記事

84才、一人暮らし。ああ、快適なり

 

 

なんだか、矢崎さんを調べているうちに、「寂しいとか寂しくないとか、そんなことはどうでもいいから、やりたいことやろうよ」みたいな気分になってしまったのでした。